姓名判断

姓名判断の創始者は『熊崎建翁』という人です。

昔の日本では、士農工商の階級制度が厳格であり、武士のみに『姓』があり、農工商には『姓』がありませんでした。しかし、明治八年に皇族を除く全日本人に姓名が義務づけられ、それを背景に『姓名判断』は誕生し、爆発的なブームとなりました。

そのやり方ですが、基本は画数であり、4は(死)を連想させるからダメ、9も(苦)を連想させるからダメ。8は末広がりなので良い…と言った理論をベースとしています。その後、姓名判断は天画、人画、地画、内画、外画などの理論を増やし、その複雑さに磨きをかけましたが、その実証性は乏しく、事実、歴史に名を残すような人物の画数を調べてみても、ほとんど当たっていないと申せます。

そうは言っても、やはり長き伝統と歴史がある、昔から言われているのだから気をつけるべき!と思われている方も多いと思われますが、冒頭で述べました通り、そのスタートは明治初期。つまり実は姓名判断とは100年ちょっとの歴史しかのない比較的モダンな遊びなのです。

では、どうすれば運が良くなるのか、と思われるかも知れません。特に赤ちゃんの名付けは人生において大きなイベントの一つであり、子供には少しでも良き人生を送ってもらいたいと願い、一生懸命に姓名判断で名前を考えるのは親の当然御の愛情です。また、芸能関係であっても売れるように良き名前を考えることも正しいと思います。

ですが、そこには姓名判断による画数よりも、音の響きや、本来持つ意味を考えた方が遙かに効果は高いと思われます。先祖の名前の良い字を使う、生まれ育った土地にちなんだ字を使うのも良いです。仮に、まわりから画数がどうこう言われても、ただの言葉遊びでしかない、という正しい知識を身につけているのだから、もう問題ありません。

姓名判断とは少し離れますが、少しでも個性を、という思いで、愛林(らぶりん)、天(しえる)、正弦(さいん)と言った、俗にいうキラキラネームを付ける方もおられます。確かにこれらは個性的な”名前”ではありますが、個性とはその人の気質や生き方によって出てくるものであって、個性的な名前=個性的な人格とは成らないのです。

なお、余談ではありますが、これまで個性的な名前の方を見てきましたが、その8割以上の確率で父性、母性の影響が欠落していました。キラキラネームと学力の相関関係があると言われているように、個性的な名前が良い悪いではなく、また本人に責はなく、親にやや問題がある、という絶対的ではないにしろ、ある程度の指標にはなります。

以上より、画数の持つ力は ”無” であること、肝心なのは名前ではなく生き方であること、を理解され、姓名判断やムダな開運法に逃避せず、自らの言動で人生を変える方が遙かに効果と申せます。

赤ちゃんの名付けに関しても、極論を言えば、誰もが読める漢字であれば好きなものでよいのです。何度も言いますが姓名判断の画数は気にしなくてよいです。あとは、どう愛情を持って育てるかです。

補足

不足している五行を画数で補う姓名判断法もありますが、干支を画数に置き換えることは干支の理論を全く無視したもので、これもかなり強引な判断法だと言えます。

名前を変えることは、感情の切り替えを行う意味でも良い訳ですが、名前そのものが人生を変えるエネルギーはなく、まして画数にそのエネルギーはありません。

以上、四柱推命協会でした。