風水・鬼門の真実

風水を語る前に、まず最も古い国書、日本書紀の一部を見てみましょう。

『天武天皇は若いときは大海人皇子と呼ばれた。生まれてより容姿端麗であり、成人してからは武勇にも優れ、天門遁甲の才能もあった。』

この一文で出てくる天門遁甲とは何かと言えば、突き詰めれば風水のことです。中国で初めてこの言葉が出てくるのが西暦1000年以降。日本書紀の成立、及び、天武天皇の活躍時期は西暦600年代後半。そう!驚くことなかれ。本場中国の成立よりも300年以上も昔に、日本の最高機関である天皇自らが風水を使いこなしたと言うのです。しかも公式に!

古来より皇居を中心とする都市を首都とし、天武天皇が自ら選定した藤原京、平城京、平安京はもとより、現在の東京に至るまで、一つの例外なく実は風水によって選ばれてきました。

特に江戸(東京)は強力です。そもそも皇居の場所は、武蔵野(現代の埼玉、東京、神奈川)を開拓した江戸重継(西暦1100年代)の選定であり、その後、徳川家がそれを引き継ぎ、天皇家が引き継いだ場所。東京が如何に風水的に素晴らしく、特に皇居は最高の龍穴(パワースポット)と先人達は知っていたのです。

そして龍穴(パワースポット)の更なるパワーアップ装置が螺旋。つまりは皇居を中心とした右回り、左回りの螺旋構造を構築することが風水の秘技。これが所謂、内堀、外堀のことです。

大阪の陣で徳川家が大坂城の堀を埋めさせたのは、軍事上の目的もあるが、風水絶ちが最大の目的。まず冬の陣で堀を埋めさせることのより龍脈を弱らせ、その後、本格的に夏の陣で豊臣家を攻め滅ばしたのです。

徳川幕府の時代に入り、螺旋構造の拡大の為、『の』の字を描くがごとく利根川、荒川の工事。そして現代に入り、山手線、丸の内線を始めとする鉄道網、外環道、内環道。電線、上下水道、ガス管、ネット回線と更なる螺旋を描く。そう皇居を中心とし、もはや何重にも巡っているのです。

さて、いよいよ結論となりますが、既述のように、風水とは広大な国土の中から首都とするべき土地を選定するダイナミックな技術のことであり、今で云うならばGoogleEarthなどのような超高々度の視点で語る技術。そして選定された土地より、河川工事や道路工事、鎮座すべき神社仏閣を配置することで終結されます。

つまりは、風水とは土地選びというマクロ(広義)な技術のことであり、うさぎ小屋と揶揄されるような狭き家の配置を云々するようなミクロ(狭義)な技術ではないのです。まして、インテリアの配置など尚更でです。

一般書店で手に入るほとんどの風水の本には、1000年以上の歴史的事実よりも、九星気学による方位理論、インテリアの配置や、カーテンの配色。さらにはトイレ掃除をしましょう、お墓の掃除をしましょう、などと、もはや何の知識なのだか分からないレベル。

なお、歴史のある神社仏閣は必ず風水によって選定されているため、その回りに引っ越すことも有効な開運とも申せます。(出典:戸矢学:神道と風水)

以上、四柱推命協会でした。

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